2015年1月26日

メナ3


フョトラをマルカルスのディベラ聖堂へ送り出した後も、カースワステンの集落で暮らすエンモンとメナの元を、ある夕方、大きな鹿肉を手土産にぶら下げたドヴァキンが訪れた。
嬉しそうに目を輝かせ、頬を染めて出迎えるメナ。エンモンは一日の労働の疲れもあってぼんやりと無表情にドヴァキンを見ていた。


「ありがとうございます、ドヴァキン様。ねぇ、エンモン、今夜はこれでシチューにするわね」



もともと閉鎖的なカースワステンの中で、リーチの民の末裔として疎外されてきたことも重なり、エンモンもメナもよそ者を嫌っていた。
だが今やメナは、以前とはうってかわって、既にとろける様な媚びた視線をドヴァキンに送っている。二人の娘であるフョトラをドヴァキンが単身、フォースウォーンの要塞に乗り込んで救出してきたという恩義があるのだから、当然といえば当然なのだが…。
これまでと変わらず夫をいたわり大切にしてくれる妻が、自分以外の人間にこれほどの親愛の情を示すのを見て、エンモンは心穏やかにはいられなかった。

- あの時は、力づくで無理矢理肉体関係を持たされて、仕方なくだったんだ…


以前に妻がバルコニーでドヴァキンに犯されながら、自分に見せたことのない官能の高みへ登り詰める姿を目の当たりにしていたエンモンは、それでもメナを愛していたため、そう信じていたかった。

「これは料理に時間がかかりそうね…。エンモン、夕食の支度ができるまで、二階でやすんでいて」

確かにエンモンは帰宅後、妻が夕食の支度をする間、二階のベッドで横になるのが常だった。

- しかし今、この男とここに二人きりにしていいのか?



だが結局、全てをいつも通りにしたい、メナとの間に波風を立てたくない、という気持ちに流されて、エンモンは二階へと上って行った。


エンモンはベッドに寝転ぶと目を閉じた。神経が高ぶっていながら、鉱山労働の疲れが彼を捕らえ、どんよりとした浅い眠りへと引きずりこんてゆく…。



∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫


静けさの中、戸外の風音、暖炉の薪がはぜる音、時折思い出したようにシチューをかき混ぜる柄杓が調理鍋にぶつかる音…。

夢うつつのまま、階下から妻の声が聞こえてくる。

「素敵なお肉ですわ…。すごく逞しくて、それにとっても固い…。煮込めば煮込むほど、美味しくいただけそう…」


「駄目…大き過ぎてお鍋が一杯になってしまうわ…。全部いっぺんには無理…。ちょっとずつ…ね?」


「あぁ…たまらないわ…。私のお鍋でじっくり、とろとろになるまで煮込んであげる…」


「やっぱりすごく固ぁい…。美味しい肉汁を全部出して、柔らかくなって…」


いつしか吐息の様な音が耳につく。何か大きなもので口を塞がれ、呼吸を確保しようと鼻腔から息を出し入れするかのような懸命な喘ぎ…。


エンモンの脳裏に、メナが赤黒く大きな肉塊を相手に、淫らな口技を巧みに行使する様が鮮明に浮かび上がった。


夫に対してはきっぱりと拒絶し、一度も行うことがなかったその行為を、懸命に、しかし心からの充足感を示す微笑をたたえて。


メナの舌先が躍る様に動いて奉仕し、やがて開いた唇が雄肉へと重ねられてゆく…。


∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫  ∫



はっと目覚めたエンモンは、ベッドからガバッと起き上がった。


何かを目にしてしまうことを恐れていながら、自分の意思とは関係なく足が動き階下への階段を降りてゆく。


だが、杞憂だったかとエンモンは思った。
ドヴァキンは先ほどと同じ姿勢のまま、暖炉のそばの椅子でくつろぎ、メナは湯気を立てるシチューで満たされた調理鍋をゆっくりとかき混ぜ続けていた。

「旨そうな匂いだ」
エンモンは安堵し、妻のそばに歩み寄り話しかけた。


だがメナが振り返った時、エンモンの表情が凍った。


- トロッ…


メナの口元から白いものが零れ落ちる。二人は互いに驚いた顔を見合わせた。


「あらいやだわ、私ったら…。シチューがあんまり美味しそうだったから、味見のつもりでつい食べ過ぎちゃった…」


ー シチュー…か…


下を向き唇のまわりのそれを愛おしげに舐め取る妻の仕草が、エンモンにはなぜかこの上なく艶めいたものに見えたのだった。

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